新高生研に願う・その1…単行本を出そう
2012.01.31 18:30|折々の話題|
名古屋の久田です。
1月28日の仮事務局会議に参加して痛切に感じたことがあります。それはIさんが
新高生研機関誌の打合せに行った時の報告です。Iさんを初めとした編集グループの皆
さんの熱意はもとより、発行を引き受けていただいたK社の皆さんの熱意をヒシヒシと
感じたのです。「3000部売れる本を作る」という言葉を聞いて、これまで我々がやって
きたことは自己満足に過ぎなかったのではないか。きっと全国には、私たちからのメッ
セージを待っている人たちがいるはず。その人たちにメッセージを届ける努力をしてき
たのだろうか、と感じたのです。「3000部」という言葉には経営サイドからすれば「儲
け」が含まれているのは当然ですが、同時に、「メッセージを届ける」という意味があ
ることを改めて認識しました。(Kさん作成の新高生研リーフレットはまさに「メッセ
ージを届ける」ですね)
帰りの新幹線の中で、Tさん、Kさんと話していてふと思いつきました。それは「機
関誌と並行して、3000部以上売れる単行本を作る」です。なぜそんなことを言うのかと
いうと、機関誌は理論研究の側面があるし、継続的に発行するために一定のスタイルと
いうものがあると思います。そのため、新規に購読者を獲得するというは、そうそう簡
単なことではないでしょう。しかし、単行本ならその時々の情勢に合わせてズバリ切り
込めるものができるのでは、と考えたからです。そして、単行本を手に取った人が「う
ん、こんなことを言っている団体って一体どんなとこ?」と興味を示したらしめたもの
。単行本を経由して、機関誌を知り、高生研を知る、そんなルートを夢見たわけです。
とすれば、その単行本は「会員用」では意味がない。これまで高生研の“こ”の字も
知らない人が、本屋さんでふと手に取って、読んでみようと思うものにする。従って、
我々の実践をベースにしつつ、難しい言い回しや用語は使わない、題名もいささか人目
をひくようなものにする。(「さらに深く読みたい方は『高校生活指導-18才を市民に
』をどうぞ」と薦める)
たとえば、『フツーの子がセンター試験で90点とった!-S高校英語科の奇跡』(こ
れまでしばしば報告されてきたTさんの授業実践。これにはTさんに「書けるかも」)
とか、『体罰やめますか、それとも教師やめますか』(体罰経験のある会員の懺悔と、
それを克服していった記録。もちろんゼロトレランス批判を込めて)とか…、『先生の
ワザ・特集編』もよいかと思います。
「“新高生研”って何が新しくなるんだろう?」私はこの間、会議のあるたびに言っ
てきました。議論をすればするほど、現高生研とあまり変わらないものになりそう、そ
んな危惧を抱いてきていて、常に「何が変わるのか」を意識する必要があると思ったか
らです。勿論、新しければ良いわけではないし、古ければ悪いわけでもありませんが、
「このままじゃじり貧だよ、思い切って新しくしようよって」のが、“新高生研”へ向
けてのコンセプトだったと思います。
今回、私からの「思い切って新しく」は、「高生研の“こ”の字も知らない人がふと
手に取るような単行本づくり」でした。
久田晴生
1月28日の仮事務局会議に参加して痛切に感じたことがあります。それはIさんが
新高生研機関誌の打合せに行った時の報告です。Iさんを初めとした編集グループの皆
さんの熱意はもとより、発行を引き受けていただいたK社の皆さんの熱意をヒシヒシと
感じたのです。「3000部売れる本を作る」という言葉を聞いて、これまで我々がやって
きたことは自己満足に過ぎなかったのではないか。きっと全国には、私たちからのメッ
セージを待っている人たちがいるはず。その人たちにメッセージを届ける努力をしてき
たのだろうか、と感じたのです。「3000部」という言葉には経営サイドからすれば「儲
け」が含まれているのは当然ですが、同時に、「メッセージを届ける」という意味があ
ることを改めて認識しました。(Kさん作成の新高生研リーフレットはまさに「メッセ
ージを届ける」ですね)
帰りの新幹線の中で、Tさん、Kさんと話していてふと思いつきました。それは「機
関誌と並行して、3000部以上売れる単行本を作る」です。なぜそんなことを言うのかと
いうと、機関誌は理論研究の側面があるし、継続的に発行するために一定のスタイルと
いうものがあると思います。そのため、新規に購読者を獲得するというは、そうそう簡
単なことではないでしょう。しかし、単行本ならその時々の情勢に合わせてズバリ切り
込めるものができるのでは、と考えたからです。そして、単行本を手に取った人が「う
ん、こんなことを言っている団体って一体どんなとこ?」と興味を示したらしめたもの
。単行本を経由して、機関誌を知り、高生研を知る、そんなルートを夢見たわけです。
とすれば、その単行本は「会員用」では意味がない。これまで高生研の“こ”の字も
知らない人が、本屋さんでふと手に取って、読んでみようと思うものにする。従って、
我々の実践をベースにしつつ、難しい言い回しや用語は使わない、題名もいささか人目
をひくようなものにする。(「さらに深く読みたい方は『高校生活指導-18才を市民に
』をどうぞ」と薦める)
たとえば、『フツーの子がセンター試験で90点とった!-S高校英語科の奇跡』(こ
れまでしばしば報告されてきたTさんの授業実践。これにはTさんに「書けるかも」)
とか、『体罰やめますか、それとも教師やめますか』(体罰経験のある会員の懺悔と、
それを克服していった記録。もちろんゼロトレランス批判を込めて)とか…、『先生の
ワザ・特集編』もよいかと思います。
「“新高生研”って何が新しくなるんだろう?」私はこの間、会議のあるたびに言っ
てきました。議論をすればするほど、現高生研とあまり変わらないものになりそう、そ
んな危惧を抱いてきていて、常に「何が変わるのか」を意識する必要があると思ったか
らです。勿論、新しければ良いわけではないし、古ければ悪いわけでもありませんが、
「このままじゃじり貧だよ、思い切って新しくしようよって」のが、“新高生研”へ向
けてのコンセプトだったと思います。
今回、私からの「思い切って新しく」は、「高生研の“こ”の字も知らない人がふと
手に取るような単行本づくり」でした。
久田晴生
スポンサーサイト